2009年 06月 15日
白い皿 |
今日は私が猛省したお話をひとつ。
こちらは白い銘々皿です。
しかしこれは「正規の商品ではありません」でした。

祖父母や両親とお付き合いがある、都内有名料理店の女将さんが、私の今年2月の初個展にいらして下さった時の事。大変ご丁寧にお祝い頂戴し、ご覧頂きました。
初個展となると、お祝いでご購入頂く事が多々あり、これを属に「ご祝儀買い」と言います。
ご祝儀買いして頂く事は、作家としては大変有り難く感謝申し上げている物の、やはり一抹の寂しさが伴う事も事実で。そして全てとは言いませんが作品をご覧頂いている時の空気で、気に入って頂いているのか、ご祝儀買いできるものが無いかお探しになっているか、は大体解ります。
大変僭越ながら女将さんのご様子は、明らかに後者のように私にはうつっておりました。お優しいお心に感謝しつつも、複雑な思いでいました。
最終的に女将さんからは、カップアンドソーサーの、ソーサーを20枚ご所望、とのご注文賜りました。
私の複雑な思いは更に増してしまいました。なんの変哲も無いソーサー。しかも私にとってはカップの添え物で、ソーサー単品で販売する事等考えもおよばない事で。
「白いただのお皿など、どこにでもあるではないか」と云う思いもよぎりました。
しかしご購入下さる事は大変有り難い事。謹んでご注文を承りました。
かつてこのように複雑な思いで注文品を作った事はありません。
まずロクロをひく気が起きないのです。
私らしさがどこにあるのか解らないお皿を作る事は、作家としてのプライドも傷ついていました。
納品を終えて後日、同店から更に30枚の追加注文がかかりました。
聞けば、お店でお客様用にお使い下さっていて大変気にいっているとの事。
てっきり身内の賄い用に使われていると悲観していたので、それは嬉しく。
また追加で倍以上の数をご注文頂き、我が子が愛されている事を知り大変心が軽くなりました。
同時に私は自分の傲慢さに気付きました。
きっかけはなんにせよ、気に入って頂いたのならそれは、心から喜ぶべき事なのです。
また「自分らしさのある器」「自分らしさの無い器」など無いのです。
私が作っている物は全て「私の作品」です。
ソーサーだろうと、何だろうと私が作ったもの、なのです。
ロクロをひく気が起きなかったのは、私がこの器を正規品と認めていなかったから、でもそれは勝手に自分が決めていた事です。
納品先で愛されているこの器を、誰あろう愛していなかったのは私自身ではないですか。
己の自意識過剰ぶりを大変に恥じました。
全てが私の作品であるが故、一つ一つを丁寧に大切に作り続けねばならぬ、と心底思い改めました。そのようなきっかけを与えて下さった今回の出来事は、大変貴重でありがたく、本当に勉強になりました。
もちろん自分が納得していないものが出来上がる事もありますが、それは世に出さなければ良いのです。展覧会等で皆様にお見せする物は全て「私の器」。そんな当たり前の事に気付いていなかったとは。。。
今後はこのお皿は「ソーサー」でもありながら、「白釉銘々皿」にしようと思い至りました。
ランキング←応援のポチ、どうぞよろしくお願い致しますm(__)m
こちらは白い銘々皿です。
しかしこれは「正規の商品ではありません」でした。

祖父母や両親とお付き合いがある、都内有名料理店の女将さんが、私の今年2月の初個展にいらして下さった時の事。大変ご丁寧にお祝い頂戴し、ご覧頂きました。
初個展となると、お祝いでご購入頂く事が多々あり、これを属に「ご祝儀買い」と言います。
ご祝儀買いして頂く事は、作家としては大変有り難く感謝申し上げている物の、やはり一抹の寂しさが伴う事も事実で。そして全てとは言いませんが作品をご覧頂いている時の空気で、気に入って頂いているのか、ご祝儀買いできるものが無いかお探しになっているか、は大体解ります。
大変僭越ながら女将さんのご様子は、明らかに後者のように私にはうつっておりました。お優しいお心に感謝しつつも、複雑な思いでいました。
最終的に女将さんからは、カップアンドソーサーの、ソーサーを20枚ご所望、とのご注文賜りました。
私の複雑な思いは更に増してしまいました。なんの変哲も無いソーサー。しかも私にとってはカップの添え物で、ソーサー単品で販売する事等考えもおよばない事で。
「白いただのお皿など、どこにでもあるではないか」と云う思いもよぎりました。
しかしご購入下さる事は大変有り難い事。謹んでご注文を承りました。
かつてこのように複雑な思いで注文品を作った事はありません。
まずロクロをひく気が起きないのです。
私らしさがどこにあるのか解らないお皿を作る事は、作家としてのプライドも傷ついていました。
納品を終えて後日、同店から更に30枚の追加注文がかかりました。
聞けば、お店でお客様用にお使い下さっていて大変気にいっているとの事。
てっきり身内の賄い用に使われていると悲観していたので、それは嬉しく。
また追加で倍以上の数をご注文頂き、我が子が愛されている事を知り大変心が軽くなりました。
同時に私は自分の傲慢さに気付きました。
きっかけはなんにせよ、気に入って頂いたのならそれは、心から喜ぶべき事なのです。
また「自分らしさのある器」「自分らしさの無い器」など無いのです。
私が作っている物は全て「私の作品」です。
ソーサーだろうと、何だろうと私が作ったもの、なのです。
ロクロをひく気が起きなかったのは、私がこの器を正規品と認めていなかったから、でもそれは勝手に自分が決めていた事です。
納品先で愛されているこの器を、誰あろう愛していなかったのは私自身ではないですか。
己の自意識過剰ぶりを大変に恥じました。
全てが私の作品であるが故、一つ一つを丁寧に大切に作り続けねばならぬ、と心底思い改めました。そのようなきっかけを与えて下さった今回の出来事は、大変貴重でありがたく、本当に勉強になりました。
もちろん自分が納得していないものが出来上がる事もありますが、それは世に出さなければ良いのです。展覧会等で皆様にお見せする物は全て「私の器」。そんな当たり前の事に気付いていなかったとは。。。
今後はこのお皿は「ソーサー」でもありながら、「白釉銘々皿」にしようと思い至りました。
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by yukoo1218
| 2009-06-15 10:55
| 陶芸コラム

