2008年 04月 10日
私の師 |
私の半生で師と仰いでいる2人の内の一人、森田榮一氏は茨城県笠間市にて作陶をしています。
23歳の時に陶芸家になりたいと決心したものの、あても無くつても無く、いったいどうしたものかと考えていた私。そんな折、インターネットで5月の連休に大々的な陶器市を笠間で開催している事を知りました。作品のみならず、作家とも同時に触れられる機会なんて、またとないチャンスです。
その頃既に、会社に退職の意向を伝えていましたし、陶芸家を志す旨も言っていましたが、受け入れ先があるわけでもなく、非常に切羽詰っていました。
東京駅近くのビルに、各県の地場産業を紹介するところがあり、そこで就職紹介もしてくれるとの事だったので訪れたり、農業などの地方産業の就職説明会にも3回ほど行き、陶芸の就職先を探しまくっていましたが、募集はどこもありませんでした。
藁をもすがる思いで、陶器市に赴きました。笠間の陶器市は、市立の広大な公園の一角で開催されていて、広々と整備された敷地に各々テントや手作り小屋を建てて、出店していて、とても明るく楽しい雰囲気が漂っています。
陶芸雑誌や陶芸の本は買いあさっていたので、それらに出ている陶芸家の方々もちらほら見受けられます。
しかし陶器を買いに来たわけでもないので、そう簡単に話しかけられるわけもなく。又、手当たり次第頭を下げるわけにもいかず、ひたすらウロウロと会場を回る私。
日も傾いてきて、気持ちも折れそうになり、一度は帰ろうと出口に向かいました。
でも心底行き詰っていたのです。ここで帰ったら陶芸への道が閉ざされる、と思い直し、旅の恥はかきすてじゃ!!!ときびすを返して足早に会場に戻りました。
その時、仲間と楽しそうにお酒を飲んでいる一人の男性が目に飛び込んできたのです。
笠間市の地場産業を紹介するリーフレットに載っていた(東京駅近くのビルでもらってきたもの)陶芸家、森田榮一氏、その方でした。その誌面に掲載されていたインタビューからは、森田さんの真面目で真摯に陶芸に向き合っている姿勢が感じられましたし、また一緒に写っていた奥様の朗らかな雰囲気が、とても素敵で覚えていたのですね。
見るとちょうど飲みの席を立って、ご自分の店のブースに戻っていこうとしているではないですか。私はまっしぐらに駆けていき、森田さんを呼び止めました。
つづく
23歳の時に陶芸家になりたいと決心したものの、あても無くつても無く、いったいどうしたものかと考えていた私。そんな折、インターネットで5月の連休に大々的な陶器市を笠間で開催している事を知りました。作品のみならず、作家とも同時に触れられる機会なんて、またとないチャンスです。
その頃既に、会社に退職の意向を伝えていましたし、陶芸家を志す旨も言っていましたが、受け入れ先があるわけでもなく、非常に切羽詰っていました。
東京駅近くのビルに、各県の地場産業を紹介するところがあり、そこで就職紹介もしてくれるとの事だったので訪れたり、農業などの地方産業の就職説明会にも3回ほど行き、陶芸の就職先を探しまくっていましたが、募集はどこもありませんでした。
藁をもすがる思いで、陶器市に赴きました。笠間の陶器市は、市立の広大な公園の一角で開催されていて、広々と整備された敷地に各々テントや手作り小屋を建てて、出店していて、とても明るく楽しい雰囲気が漂っています。
陶芸雑誌や陶芸の本は買いあさっていたので、それらに出ている陶芸家の方々もちらほら見受けられます。
しかし陶器を買いに来たわけでもないので、そう簡単に話しかけられるわけもなく。又、手当たり次第頭を下げるわけにもいかず、ひたすらウロウロと会場を回る私。
日も傾いてきて、気持ちも折れそうになり、一度は帰ろうと出口に向かいました。
でも心底行き詰っていたのです。ここで帰ったら陶芸への道が閉ざされる、と思い直し、旅の恥はかきすてじゃ!!!ときびすを返して足早に会場に戻りました。
その時、仲間と楽しそうにお酒を飲んでいる一人の男性が目に飛び込んできたのです。
笠間市の地場産業を紹介するリーフレットに載っていた(東京駅近くのビルでもらってきたもの)陶芸家、森田榮一氏、その方でした。その誌面に掲載されていたインタビューからは、森田さんの真面目で真摯に陶芸に向き合っている姿勢が感じられましたし、また一緒に写っていた奥様の朗らかな雰囲気が、とても素敵で覚えていたのですね。
見るとちょうど飲みの席を立って、ご自分の店のブースに戻っていこうとしているではないですか。私はまっしぐらに駆けていき、森田さんを呼び止めました。
つづく
by yukoo1218
| 2008-04-10 23:29
| 陶芸コラム

